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パレード

ことばがただパレードしている、そんな場所

わたしはお前の先生じゃない

ケーキを買って帰る日はそれだけでちょっとぜいたく。最近休みがない。

写真は小松屋本店さんの最新作。うまい。

 

 

 

 

世の中には共通の話題としての学校の先生disってのがあってそういうのに対面するたびにもやもやして勢いに任せて全方向を傷つけるようなことを書きたくなるんですが、まあ仕事だし自分が後悔するからやるくらいの話で仕事だしだいたいにおいて直接関係ある子どもたちにしか反映されないだろうし反映されないこともよくあるし究極自己満足だし仕事だし実際は子どもたちにもその人たちにも関係ないことなのでまず落ち着け、と毎回自分に言いきかせている。仕事だもの。でも落ち込む。

 

 

どんなのを読んでへこんでしまうのかってこちらです。 

子どもだった私が先生に対して思っていたこと - バンビのあくび

 

 

すみません、こっからはリンクしておいて、それらのいいたいこととはだいぶずれたことでただわたしが書きたいことです。だから、あまり気にしないでください。

 

 

これは全員のがっこの先生を傷つけるっていう意図で書かれていることではなくあくまでもそれは枕であって他に伝えたいことがあってってのはわかるんだけど…学校とか変な先生disって大体の人が乗ってこられるべんりな枕だ。

 

 

一度染めた髪は黒く染め直したとしてもすぐ落ちてしまう。

何度も染め直した髪は藁のような質感だし、何も色が入っていかないです。

かわいそうです。若いきれいな髪の毛。そういうのやらせたくない。そんなんわたしだってそう思いますよ。しかし今勤務している学校で染めて明るい髪の毛の子がいるならば染め直させます。

 

 

高校は学校ごとにどんな生徒を育てるのかが決まっていてそれに向けて生徒を変化させて卒業させるのが目的なので、それにともなって校則っていうのが決まってきます。

高校の方向性によっては全部自由だっていいんですよ。実際そういう高校あるんで子どもは選べます入学前に。子どもが自由で校則のない高校にいきたいのならばそして自由な校則のないところに行かせたいのならば親はそれを支援する、そのために勉強させたりすることが大切です。

だってねえ、高校にはどういう子を育てるっていう都合があるのだもの。だから究極それじゃあ生徒を見てないって言われたら「…学校が先だからね」です。自分のときも振り返ってみると、どういう進路先が保障されている学校なのかってのわかって進学していました。大学いくのを集めてるとか地元就職メインだとかさ。

学校が育てなきゃいけない人間像が明確化している中で生徒一人ひとりに合わせた教育っての、言うのは簡単だけれどそんな髪染めるなって言ってるの勝手に染めてごねるのに時間割いていられません。うちの学校は染めたら染め直させるぞってのは一番最初に伝えています。そういうの聞いてないで染め直させるような事態にしているのは親です。子どもが自由にやっていて、ルールに従わず、それが校則だからって軽んじて世の中に出て法律を破ることになったとしても犯罪者の親になる覚悟はあるのだろうか。ないのに責任を負わせる相手がいる間は責任をこちら側に負わせて、じゃあどこにも属さなくなったら、誰の責任にするのだろうか。社会?自分の子どもに嫌われるの怖いのかな。あとは、ただ単に、誰かの悪口を言いたいのか。

 

高校を卒業してすぐに就職する生徒が半分を占めるような高校では、ともかく上司の言うことをまずちゃんと聞くことができる、頭ごなしに怒られてもへこたれない、で、時々ずうずうしくて自分の意見も通すことができる、そんな子を育てていかないと、その子がもたない。卒業して3ヶ月もたたずに早いのだと3月中に辞めちゃう。なんかねえ、みなさん高卒で入ってくる子にわりと皆さん厳しくてね…。まあ進学した子の話を聞いても大人は若い子にはだいたい厳しいし意地悪だ。

で、いやなことにさ、このへこたれない子どもってのは悪いことを最初からしない子ではなくて自分の意思をちょっと通してみよっかなーとたとえば髪の色のぎりぎりの攻防をして、そこでこちらの限界値を超えてクソ怒られてで表向き反省して治してきて素直なやつじゃん!なんて言われて表向きニコニコしているけれども裏では舌出しててってそいう子。なので髪の毛全面戦争をできるような子であれば、いろいろ道は開けているのかもしれない。わたしはそういう人が大嫌いだけれど。

 

今、悪いことを最初からしない子は、こういうめちゃくちゃ怒られる、理不尽に怒られるっていう経験を積みにくくなってしまった。理不尽に怒られることに対して耐性をつけること、怒られても自分の心を傷つける必要なんかない馬鹿みたいな怒られってのがあるってこと、怒られても立ち直れないなんてことないこと、相手にも相手の言い分があるからいうんだろーなーなんて思うくらいの俯瞰の目を持つことはとても大事だ。

 

理不尽な暴力的なもの、自分の力ではどうにもならないもの、ってのが学級会だとか連帯責任だとかなんだと思う。それらに嫌悪がある気持ちはとてもわかる。でももっともっと理不尽な暴力的なものにこの世の中は満ち満ちているじゃない。

 

 

運動会での選手決めで、自分が席を立って、競技が別のものになっていたの、先生がそうしようって言ったのならたぶんそれその競技が誰も立候補者いなくて、苦肉の案ですよ。で、それに対して級友は何も言わなかった、その場にいない人だし、自分たちはそれをやりたくないから、あの子に押し付けちゃえ、せんせーが責任取るだろうしっていう。…それに対して怒るべきなんじゃないのかしら。

だってわたしが教えている生徒だったら友だちが体調不良で保健室に行っているときにやりたくないだろう競技を押し付けることをわたしがやったならそれはひどいと声をあげますよ。その子が友だちだったなら、そういう決め方をしたらよくない、いいクラスにはならないって思ったら。まあわたしはそのときの先生じゃないのでわからないけれど。

 

いろんな学校disがある。先生disがある。保護者からも常にある。

でも、わたしはその人たちの先生じゃないし。大切なのは目の前のこと。

 

おまけ。

松屋本店さんのケーキその1

ケーキその2.

カブトムシは濃厚なチョコレート味なのだー。