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パレード

ことばがただパレードしている、そんな場所

なんでか旅行記となると書けない

年末年始にトルコに行った話を書こうとしているのです。

しかし、書けない。

 

 

 

12月30日、31日、イスタンブール観光に行きました。そのとき、ブルーモスクの外で、うずくまっている子ども(小学校1~3年生くらいの年)が30日も、31日もいたんだそうです。わたしがみたのは31日。小さなその子が毛布に包まって、ブルーモスクの外壁に寄りかかるようにして動かなかったところを、渋滞して動かない観光バスの中から眺めていました。子どもの前にはコンビニエンスストアでジュース1本買ったときにもらえるくらいの大きさのビニール袋がありました。わたしが見たのは、そのうずくまって寝ている彼の白いビニール袋の中からちょうど同じくらいの年代の男女3人組の子どもがお金を抜き取っているところでした。観光バスの中で、わたしはカメラを構えていました。

3人組は、ビニール袋から、緑色のお札を1つ抜き取りました。たぶん20TL。

その瞬間、彼らと目が合いました。

 

わたしはシャッターを切ることができませんでした。

 

3人組は、わたしを見ながら、そして寝ている毛布の子を起さないよう、そっと、そして走り出してどこかに行きました。年末だからか道路は渋滞でバスは動かなくて、ぬきとられた袋の持ち主だろうその子どもは毛布に包まったまま微動だにせず生きてるのか死んでいるのか、わかりませんでした。

 

わたしはただ現場を見ていました。

 

トルコは路上生活者はほとんどいないと現地ガイドさんが言っていて「もし今イスタンブールでいるとすると、難民です」と聞いていました。ならば微動だにしなかった彼も、3人組も、たぶん、シリアからの難民。

 

でも、わたしはそれを忘れてすぐに忘れて、ブルーモスクの中で泣いていました。

この、じゅうたん一杯に、祈っている姿が見えて。

 

じゃあ、何が見えたんだろう。何が祈ることで救われるのだろう。

毛布の子が、無事だったらいいのに、でもそんなこと今思うだけでもなんかおこがましいだってわたしは見ていただけで。あーって頭をがりがりかきたくなる。